開運

みんな開運を願ってゐる。
開運本も結構出てゐる。
開運って何なのだらう?

まう自分は開運は諦めてゐる。

開運したところで何なのだらう。
何かの力(霊的な)で開運することもあるかもしれない。
それも夢物語。
若い人には開運はいいかもしれない。
が、年を重ねるとただ運の流れに任せる(任運)になるのかもしれない。

 

3、4年、生き続けた榊が遂になくなった。残念。
2、3年、神棚で水だけで生きてゐて、根っこが出、新芽も出てきたので鉢に植えたのだが、そこからがあまり思はしくなかった。光の具合か、土が合わなかったか、温度か。
枯れた枝を引き抜いたら、根っこが結構伸びてゐた。それを見たら余計悲しくなった。

別の榊で、その榊の後に根っこが出てきた榊の枝があったが、それも鉢植えに植えたら、その榊のほうが先に枯れてしまった。鉢で育てるのは難しいのかな。

今、数ヶ月枯れてゐない榊の枝があるが、まだ根っこが出てゐない。しばらく水だけで状況を見守ろう。

 

けふの音楽
どこかで聴いたことがある曲、STELLA SPLENDENS
同じ曲の別のもの
この曲も客観芸術か・・・

ミスが多過ぎる

この1ヶ月(それよりも前から)、ミスが多過ぎる(苦)。
自分もさうだが、スタッフのミスも多過ぎ。
だうしてしまったのか。
脳の働きが低下し過ぎてゐる。
考へることができないのか。
脳の栄養が足りないのか。
老化か。
あるひは、ミスを起こすエネルギーが地球に降り注いでゐるのか(笑)。
うちだけでなく、他社もミスが多いならその可能性もある。
他の人たちもミスだらけならその可能性もある。

まうだうしやうもないほどだ。嗚呼。苦。

けふの1曲
プーランクのオルガン協奏曲

以前、神武夏子さんの『聖なるものへの賛歌』のCDを出させていただいたが、
そのきっかけは、神武さんの以前のCDに収められていたプーランクの「パヴァーヌ」を気に入ったためだった。『聖なるものへの賛歌』の2曲めにも収めさせていただいた。
ここでは別の人の演奏のプーランクの「パヴァーヌ」Poulenc:Pavane
もうひとり

愛の光

「愛の光」なんて書くと変な感じもする(笑)。いかにもニューエイジっぽい(笑)。
軽くてフワフワ系。

しかし、ここで書かうと思ってゐるのは軽い「愛の光」ではない。
キリスト教やクリスマスが今でも続いてゐるのは、そこに「愛の光」があるからではないか。
イエスが示した「愛」が光となって、人々の心を打つ。打ち続ける。

そして、覚醒とは愛の光なのかもしれない。
愛の光を見ること。

朝の自分と夜の自分は違ふ

夜、仕事やその他で神経を使ひ、一杯飲もうかと思って、結果として、たくさんあびるほど飲み、そのついでに暴食もしてしまふ。
そして、朝起きると後悔する。あんなに飲まなければよかった、食べなければよかった、と。
頭は二日酔い。胃腸は調子が悪い。
そして、暴飲暴食はやめようと思ふ。
しかし、夜になるとまた同じことの繰り返し。
朝の自分と夜の自分は違ふ。

グルジェフは「複数の自己」があると言ってゐる。
その局面局面でそれぞれの自己が出てくる。

そして、「為す」ことができない。ただ機会的に「起こる」だけ。
「人間は機械だ」とグルジェフは言ったが、そのとおりだ。

暴飲暴食は改善できない。(腹は出てくるし、体調はよくないし)
今も飲んで書いてゐる。嗚呼。

自分は何も為せない。機械として生きてゐるだけ。

「けふの1曲」を楽しみにしてゐると何人から聞いた。
ありがたい。
けふは載せられないけれど、また載せたい曲が出たときに載せたいと思ひます。

音にしても曲にしても不思議です。
今まで音についてもいろいろ探求してきた。
ヴァイオリンにしてもスピーカーにしても(アンプやケーブルにしても)、それぞれ個性があり違ふ音を奏でる。
違ふ音を奏でながらも、深みがあったり芯〈真)を貫いたり、いろいろ試しながら究極的な響きを追い求めてきた(笑)。(浪費もしてきた(苦))
厳しすぎず、癒しの音に落ち着いたり。
音は不思議。
人をとりこにする。

表情で覚醒してゐないかがわかる

よく覚者は、この人は悟ってゐて、この人は悟ってゐないといふことがわかるといふ。

これはだういふことなのか。

端的にいへば、もの想ひにふけってゐる人は覚醒してゐない(悟ってゐない)。

道を歩いてゐる人は、たいがいもの想ひにふけってゐる。
駅のホームで待つ人も、携帯の世界にふけってゐる。覚醒してゐない。
(なかには覚醒しながら携帯を見てゐる人もゐるかもしれないが、表情をみれば
ふけってゐるかふけってゐないかがわかる)

想ひにふけっている人は、表情や目の感じでわかる。

覚醒してゐる人は、まれだらうから、すれ違ふほとんどの人は眠ってゐる(想ひに自己同一化してゐる)。

みんな善意で行動して他を非難する。

多くの場合、自分が正しいと思って他の行動を正そうとする。正されたほうの側は、それとは別の自分の正しさがあり、正したほうの間違いを指摘する。
相対性の世界。みぞが埋まらない。あるひは相対性を理解して対するか。
超越次元が必要だ(笑)。

死者に口あり?

死者に口なしとは言はれてゐるが、今月、辻麻里子氏の『数字のメソッド』を増補改訂版で復刊する。

辻氏は、死んでからも饒舌なのか。
肉体がない分、自由に活動できるのか。

今年になり、遺作である『藍の書』を出し、プレミア価格のついてゐる『数字のメソッド』を出す。
そして来年には処女作の『魂の夜明け』も復刊する。

なにかよくわからないが、働きかけがあるのか。

『数字のメソッド』は掛け算理論がよくわからなくてナチュラルスピリットからはその当時(2007年当時)出せないでゐたが、この勢い(?)で出すことにした。

曲線版の図形を加へ、説明を付加し、マトリクスの図表を付録で入れることにした。

辻氏はいろいろ口を言ってきてゐるのか。

役割?

おおすじで役割を果たしてゐるのだらうか・・・

日々の細かいやり取りに追はれ、毎日のやうな飲み会で日々が過ぎてゆく。

あまり仕事ができてゐない。

今までで大体のことはしてきたのか。
ノンデュアリティのことでもう少しやることがある。
チベット仏教のゾクチェン(やマハームードラ)についてももっと広めたい。
道教の法についても。
霊的真実も。
エソテリックなことも。
中国の占術の最新の状況や古典も。
西洋占星術の最新の状況と古典も。

けふの音楽は、前によく聴いていたギドン・クレーメルのCD『SILENCIO』に収録されてゐる
Vladimir Martynovの「Come In!

youtubeよりもCDでいいオーディオセットで聴いたほうが味わい深い。

静寂を楽しめる。