シベリウスは気高い精神を持ってゐた

作曲家はそれぞれの性格、精神性が現れる曲を作曲してゐる。

なかでもシベリウスは、気高い精神、人を崇高な思いへと導く曲を作曲してゐる。
フィンランディアしかり、アンダンテ・フェスティーヴォしかり。ほかにもヴァイオリン協奏曲等、名曲を作曲してゐるが。

アンダンテ・フェスティーヴォは、気持ちを高みへと持ち上げる。

数千部で世の中が変わる?

スピリチュアル系の出版社の先駆けとしては、地湧社があり、春秋社があり、ニューエイジとしてはヴォイス、コスモテンがあった(ある)。大手では徳間書店が『宇宙人アミ』を出し、角川書店が『聖なる予言』を出し、サンマーク出版が『神との対話』を出した。
大手の出版社は、数万部、数十万部もそれらの本を売った。
それ以外の小さめの出版社は、出す本は数千部の世界。
さういへば、老舗でたま出版もあった(今もあるのかな)。自費出版、協力出版でそれなりに売上を上げたのかな。息子が文芸社を立ち上げ、自費出版でもうけてビルを建てたとも。

ニューエイジでは、アセンション系の本を出して、これからアセンション(次元上昇)が始まり、スターピープルやアセンデッド・マスターとともに生きていくみたいな情勢になった。2012年問題もあった。ある種の機運があった。
それらは、数千部の本が火付け役になり、インフルエンサーが広め、人々の意識を変えていった。

今はスピリチュアルがだいぶ当たり前になった。

世の中を変えてゆくのは、2000部前後の本からなのかもしれない。

弊社も世の中の意識を変えるためのいくばくかの影響を与へたのか。与えてゐるのか。
ただ、過去で終わりたくない。常に時代を見る目と直観力が必要だ。
願はくば高次の存在のサポートも。

危機の時代とされる現代を乗り切る意識を伝へられる本を出していけたら。
たとへ、少部数でも。
たくさん売れることにこしたことはないけれど(笑)。苦し過ぎるので。

怖れを手放し、

この2年くらい、赤字続きで経営も大変で(ずっと大変ではあったけれど)、怖れで生きてきたやうに思ふ。
そしてアルコール漬け。

「怖れを手放し、愛で生きる」といふことを説いてゐる本を数々出してゐながら、出してゐる本人が何も学べてゐない。

「手放し」のすすめ』を今度出すことになり、いよいよ自分でも怖れを手放す覚悟をして生きていかなくてはいけない。覚醒(=愛)で生き切らないといけない。まう後がない。

自分にとっては大峠が始まってゐる。

たいへん過ぎても怖れない。あがいても怖れない。

真我が運をひらく

中村天風さんは、真我が運をひらくと説く。『研心抄』『盛大なる人生』等

人間の本質は、肉体でも心でもなく、真我であり、真我は宇宙霊に通じ、真我の潜勢力が運をひらいていき、病が快方に向かい健康になるといふ。

中村天風さんの教へは、インド哲学のアートマンとブラフマンの教えと共通してゐる。

特長的なのは、「真我の潜勢力が運をひらく」といふところ。

覚醒意識になると、運がひらくらしい。

そのために天風さんはいろいろな手法を伝へてゐるが、究極は覚醒意識だ。

『「手放し」のすすめ』が面白い

久しぶりの投稿。

今月下旬に出す、デヴィッド・R・ホーキンズさんの最後の著作『「手放し」のすすめ』が面白い。

基本的に覚醒の本なのだが、低次の感情を手放していって、高次の感情に至り、最終的にはワンネスの意識で生きることを書いてゐる。

それぞれの事例も面白い。あらゆるセラピーを上げてゐるところは笑ってしまふ。

ホーキンズさんの事例も、他人のやうに書いてゐる。

願望も書いたら、手放して忘れるのがいいらしい。よく言はれてゐるけれど。
それの実例も出てゐる。

うちも本が売れず、赤字続きでだうしやうもない状態だが、この本にならって、黒字の目標を書き、手放すことにした(笑)。だうなるかは見ものだ。

不安や恐れはなかなか手放せないが、手放そうと努力してゐる。といふより覚醒してしまえば既に手放してゐるので覚醒だけでいい。覚醒=手放し、明け渡し。

地獄の国、中国

中国政府の言動といったら、呆れるくらい地に落ちてゐる。
それをわかっていて、頭のいい中国政府の連中が言ってゐるのだから、内実が知れる。

中国は、民主主義革命が起こらない限り、変はらない。地獄の国。
共産党独裁国家。

国民の中の大部分の人はいい人だと思ふ。
今までいろいろな中国人に接してきたけれど、みんないい人達だ。

中国共産党政府が地獄を作り出し、日本のみならずフィリピンや他の国々に迷惑といふか暴力を仕掛けてきてゐる。
最低の国。

中国のみならず、ロシアもイスラエル、他の人々の人権と自由を奪う国々のトップや体制の国は、地獄の国だ。

ロシアやイスラエルは民主制なのに、国民の意識レベルが低いのだらう。

神との対話ならぬ、神との対峙

久々の投稿。

神とは対話したことがない。
ただ、神とは常に対峙してゐるやうに思ふ。
「神よ、お助けください」「神よ、ありがとうございます」、常に神と対峙してゐる。

対峙してゐる神は、明らかでない(笑)。

万瞥(千瞥?数百瞥?)のうちに、世界はクリア(透明化)になっていく。

酔うと神との対峙が起こる(起こったりする)が、酔ってないとクリアな世界が開けてゆく。

相対界でいろいろなメソッドをしても、クリアな絶対界(相対を超えた世界)では、あまり意味がない。

相対界を超える?「虹の身体」も、だうなのか。なぜ気化するのか。