古事記

今日(10月20日)、弊社から『古事記を奏でるCDブック 中巻』を出させていただいた神武夏子さんのコンサートがあった。
神武夏子さんの演奏は磨きがかかっていて美しいタッチと音色で、さらにベーゼンドルファーのピアノがそれらを増幅させて魅力をアップさせてゐた。
また、齊藤歩さんのフルートがふくよかな音色を響かせていた。
すばらしいコンサートでした。

話は全然変わるが、、
『古事記』に関しては、日本の昔の神話や歴史について書かれたもので、日本人の原風景をうつしてゐる作品だが、
個人的には納得いってゐないところがある。

なぜ、オオクニヌシ(オオナムチ)が葦原中津国(日本)を治めてゐたのに、アマテラスが自分の子孫が治める国だと言って、横取りしたのか?

国譲りをしてもらったのに(征服した?のに)、天孫降臨として降りたのが(朝鮮から来た?)、日本の中心の大和やまたは出雲ではなく、はずれの日向(宮崎県)に降りたのか?
(朝鮮から、日本列島に天皇家系の民族が入ってきて宮崎に入ったのか?)
国を譲ってもらったのなら中心地に行くのが普通では?

また、
なぜ日向(宮崎)の神武は、大和(奈良)を征服したのか。征服欲の強い人間だったのか。
武力で九州勢(日向勢が筑紫勢を征服し?)が、大和(奈良)勢を征服した。
弥生時代の銅矛文化(九州)と銅鐸文化(奈良)の状態から、銅矛文化(九州勢)が銅鐸文化(大和勢)を滅ぼし奈良を征服し、古墳時代(紀元3、4世紀)を作った。三種の神器は、鏡と剣(矛)と勾玉で、銅鐸は含まれてゐない。
そこから天皇家の王朝が始まる。1700年くらいの歴史。
征服者。
神武天皇は征服者だが、人徳があったのかだうか。
なぜひとの領地を奪ったのか。
(戦国時代みたいなものか。)

アマテラスもひとの領地を奪ひ、神武も奪った。
アマテラス系は、征服系だ。
あんまり好ましくない。

オオクニヌシ(オオナムチ)の時代も弥生時代で、いろいろなことがあったのかもしれないが。
(『万葉集』にも、オオナムチとスクナヒコナはペアで歌われ親しまれていた感がある)

大和にゐて全国を治めてゐたオオクニヌシ(オオナムチ)が天孫族によって出雲に封印されてしまった。

スサノオはだういふ存在だったのか。朝鮮系か。

日本の弥生後期や古墳時代前期は征服の歴史だ。

天皇といふ名前を飛鳥時代に付けられた今の王朝は1700年くらいで、それ以前に天皇のゐない弥生時代や縄文時代が1万年以上、日本の歴史にはあった。

それに、超歴史的にはいろいろあったと思ふ。

鈴木敏夫『ジブリの仲間たち』

今回は弊社の本ではなく他社の本の紹介です(笑)。
新潮新書から出てゐる鈴木敏夫さんの『ジブリの仲間たち』はたいへん勉強になった。

宣伝や広告について、ノウハウだけではなく人間的なつながりや時代を読む感覚等、いろいろ学びがある。

鈴木敏夫さんは数字にも強いらしく、雑誌『アニメージュ』の編集長時代、発行部数と売れ部数の差が10%以内でわかった(読めた)と言ってゐる。映画の広告費と興行成績との関連も数字で捕らえてゐる。

それぞれのジブリ映画が、いろいろな人間関係の中で作られ、宣伝告知され、公開されていく様がリアルな感じで述べられていて、臨場感がある。

鈴木敏夫さんは、ヒットするかだうかは二義的なことで、いい映画を作ることが一義的なことだといふ信念で仕事をされてゐる。そして、いい映画を出し続けるために売ることをしっかりとやっていってゐる。やり続けてゐる。それも綿密に。時代の感覚にも敏感に反応しつつ。映画監督の意思を尊重しつつ。

キャッチコピーを作るのも、コピーライターの糸井重里さんを使ったり、作家をつかったり、一流の人を使って、練りに練りこんでゆく。時代の感覚をとらへつつ。

見習ふところがたくさんある。ありすぎるほどある。

弊社も時代の感覚をとらへてゆきたい。
(最近は、とらえられてゐない)

映画産業も時代とともに変はっていってゐるといふ。
出版界もさうだ。
電子書籍が出、POD(プリント・オン・デマンド:1冊ごとに印刷して製本する)が出始め、インターネット上でも文章が氾濫してゐる。

ドイツ、言ひたいはうだい

先日まで、ドイツとオーストリアに1週間くらい行ってゐた。
投稿期間があいてしまったが、その間、ビールとワインでアルコール漬けで書ける状態でなかった(笑)。
弊社で書籍を出させていただいてゐる山水治夫さんのベートーヴェンゆかりの地を訪ねるツアーに参加させていただいた。
あいかわらず、香りが降ってきたり、太陽のまはりに虹が出たりと、奇跡的な現象が起こった。

それはともかくとして、ドイツ人の女性はみんな愛想がない(苦)。
眉間に皺を寄せてゐる女性がほとんどだ。だうしてなのだらう。よっぽど人生がいやなのか。
ドイツ人男性は、わりと全員親切さうだった。
質実剛健の国のやうで、あまり飾りっけがないのか、フランスのような享楽的な要素がない。
観光地としては、そんなによくないのか・・・

ドイツ人は掃除好きらしい。徹底的に部屋を掃除するとのことだ。
そのせいで、ドイツは経済的にまわってゐるのかな。
掃除をすると運がよくなるといはれてゐるので。

オーストリア人は、同じドイツ語圏ではあるが、少し南のせいなのか、
わりとのんびりしてゐて、なまけもの的なところもあるらしい。
女性も眉間に皺を寄せてゐない(笑)。

ドイツは今くらいの時期から、空は重い雲が毎日続き、11月は一番自殺率が
高いとのことだ。
旅行の移動中にそういう雲に出会ったが、確かに陰鬱になりさうだ。

ドイツのアウトバーンは、もっとカッコイイイメージがあったが、古い高速道路
という感じだった。今、少しづつ新しくしてゐるところらしい。
乗用車は制限速度が無制限だが、バスは100キロと決められてゐる。
アウトバーンは制限速度が無制限だが、逆に事故率は、制限速度をもっている国よりも低いらしい。

僕は、日本でも制限速度を無制限にしていいと思ってゐる。高速道路に限らず、一般道路でも。
制限速度がなくても、みんな適度な速さで走ると思ふ。
(現に、ほとんど誰も制限速度を守っていない。変な国だ。)

売れることをあてにして出さない、といふこと

今日(9月30日)の夜に、きずな出版さん主催の
中谷彰宏1000冊出版記念イベント
「アイデアを無限にストックする方法」
中谷彰宏さんと櫻井秀勲先生のスペシャル公開対談
に参加させていただきました。

それぞれ貴重なことを話されてゐました。

その中で印象的だったのは、中谷さんの
「かうしたら売れるじゃないかな」と考えると売れなくなる。
といふ言葉でした。

「売り」「売れること」を意識して本を作っても売れないといふこと。
「かういうものを出したい」「かういうことを伝へたい」といふことで本を出したほうが、
いい本が出来るし、「結果として」本が売れるのだと思ふ。
本作りの原点ですね。

社員への感謝

人から、社員への感謝の言葉が足りなりのでは?と指摘を受けた。

気持ちの上ではいつも社員に感謝してゐるのだが、このブログ上でも感謝の言葉をまだ書いてゐなかった。
言葉でも足りないところがあった。

社員の方々、いつもありがとうございます。m(_ _)m
(ゝ∀・)アリガトォ♪

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この時期、社員やバイトの方が5人も辞めていく。
(9月は世の中的に大きな変化らしいですね。さういふことにしておかう(笑))

長期につけ短期につけ、働いてくれてありがとうございます。

そして、今も続けて働いてくれている社員には、もっとたくさん感謝しています。

世間とのギャップ その3

またまたギャップのお話ですみません。
「超うまくいく」「幸運でいっぱいになる」系の本が売れてゐるらしい。
その手のタイトル本が過剰に出てゐる。
弊社では、そんな本は出せない(苦)。
だから売れないんだらうな(そればかりが理由ではないと思ふが)。
スピを安易な自己満足の手段とする傾向には、僕はなじめない。
そうでない感じの本で、売れる本を出したい(笑)。

救はれないのが救ひである

今日、本のための取材で印象に残った言葉「意図的な苦しみ」。

災難にあって大変なときに、上にSOSを出す(一心不乱に拝む)のでもなく、成功哲学や助かるための手段にすがるのでもなく、「意図的に」災難をとらえる。

災難を災難として「意識して」対する。そこには救ひはどこにもない。救ひがどこにもないことを自覚したとき、救ひがあらはれる。救はれないといふ救ひが。
人間の実存性が、深みが、真実があらはれる。