95%~97%物事はうまくいかない法則?

前にも書いたかもしれないが、
自分の場合、95%~97%、物事はうまくいかない。
これでもかといふほどうまくいかない。
法則性でもあるのか。

うまくいかないことの連続なので、心もへこむ。

諦めればいいのだらうが、うまくいかないといふこと自体に苦痛といふ要素が含まれる。

「何々すればうまくいく」といふやうな本がたくさん出てゐるが、自分にとっては嘘に見える。

休息が必要だ。

夢も希望もない。

神があればいいのだらうけれど、今のところ、その感覚がわかない。
それほど疲れ切ってゐるのか。ストレスで押しつぶされてゐるのか。

神が宿るとは

芸術作品の中には神が宿ってゐると感じられる演奏や作品がある。

これといふのは何なのだらう?

なぜ神を感じるのだらう。

人にも神を宿った人を感じるときがある。

常時、宿ってゐる人と、そのときだけ宿ってゐる人と。

 

それとは別のことだが、一期一会とは何なのかな。
そのときにしか会はないのに妙に気に留めてしまふ。
まう会ふことはないと思ふと貴重にも思ふ。何かの縁があったのかと。

 

世界の妙(たへ)なるもの

『奇跡のコース』の財団の創業者のジュディスさんが他界された

奇跡のコース』の版元の内なる平和財団の創業者のジュディス・スカッチ・ウィットソンさんが他界された。
90歳とのこと。

10数年前にカルフォルニアのマリン・シティーでご主人とこちらの取材スタッフとでレストランで一緒に食事をし、ご自宅にも招かれた。
とてもいい人だった。素敵な人だった。

『奇跡のコース』を裏から支え、土台となり、世界に広められた。
すごい功労者。

英語の記事はこちら

非二元の意識にならないと深みも出ない?

平面意識には深みがない(当たり前か、笑)。
理屈に深みはない。
理論にも深みはない。
それらは平面。
垂直ではない。

垂直に行くには、あるひは、垂直から降りてくるには、
非二元の意識になる必要があるやうに思ふ。

非二元の意識のない人には、垂直のことはわからないし、
深みもわからない。

よひとやむみな』でいふと、理屈・理論は周辺意識で、
中心は、非二元の意識だ。

非二元の意識になってゐるとき、神にもつながるのだらう。

どこまでも深く、すべてを包むほどひろく、限りなき高み(崇高さ)をも内在する。

 

よひとやむみな』の実践編も、少し先になりますが出す予定です(笑)。
よひとやむみな』とはまた違った味わい。

魂磨き?

久々の投稿(笑)。

このところ、なかなか投稿できなかったな・・・

このところといふか、今、「魂磨き」のことが来てゐるのかな?

よひとやむみな』もさうだし、『あの世とこの世のしくみ』もさうだし、『魂の実践』もさうだし、『霊視の人』の続編の取材でも魂磨き(魂のうちに神をまつる)が出てくるし。

意識の覚醒(悟り)と宇宙の仕組みを追求して、出版もしてきたが、その一環として「魂磨き」といふのが重要な要素(テーマ)なのかもしれない。

波動が落ちまくってゐる地球を正常化して行くのも「魂磨き」なのかもしれない。

人々がそれに気づいてほしい。

まず自分自身が先に実践していかなくてはならないが(嗚呼)。
なかなか実践できない・・・(苦)

流れが変はった?

9月から少し流れが変はったやうに感じる。

相変はらず破綻の流れは続いてゐるが、さうでもない流れも生じてゐるやうな。

この流れは個人的なものなのか、全体的なものなのか・・・

けふは、たまたま?「流れ」の話の本の企画が来てゐた(笑)。

人は流れに翻弄されるのか(苦笑)。

 

けふの音楽。
最近は、ヴァイオリンでもピアノでもなくギターの音楽を聴くことが多い。独特の音色に癒される。
その中のオススメのもの
CARLES TREPAT – Teatro Colón A Coruña 2014

ここがアフガンだったら

ここがアフガニスタンだったら、自分の命もだうなってゐるかわからない。

スピリチュアルも今の日本やアメリカやヨーロッパのやうに自由に意見表明やワークショップもできない。

日本に普及してゐるスピリチュアルはアフガンの人達は知らないのだらうな。

あぁ。嗚呼。

 

アフガニスタンに限らず、エチオピアもミャンマーも中東もギニアも。

キリストと対峙するといふこと

バーナデット・ロバーツの『自己とは何か?』の中で、人間が、無我、無自己と段階ごとに進むごとに、キリストが「聖なるもの」との橋渡しの役割を変えてゆく、と書かれてゐる。

覚醒の諸段階で、キリストが関わってくる。

今までは自分にとっては、歴史上のイエスが聖性を発揮したぐらいのイメージだったが、この本を読むと違った様相が見えてくる。かなり本質的な関わり。神と人との橋渡し。
覚醒の過程では、キリストと共に歩く形なのだらうな。

やうやくゲラのチェックが終り(かなり難解だった)、ちょっとグラグラ状態。自己の根底が揺さぶられる感覚。世界の構造が呆然と見えてくる。

究極の本の一つ。
行くところまで行った本。