〈われ在り〉(I AM)=真我が「虹の身体」の本体なのだらうか。
臨済は「一無位の真人」と言った。「一無位の真人」が「常に汝等諸人の面門より出入す」と。
覚醒(自己想起)を続けることによって、〈われ在り〉が恒常化し、その結果として肉体の死のときに、肉体を「光の身体」(ライトボディ)にしていくのだらうか。
これからのスピリチュアルの主流は、覚醒(非二元)→真我の日常での定着→光の身体(虹の身体)
になるのだらうか。
スピリチュアルといふよりエソテリックかもしれないが。
意識の進化の方向性ではあるのだらう。