結晶化と関連するが、仙道(神仙道も)には「玄胎」(陽神)という概念、技法がある。
それは、丹田で氣を練り、小周天で背骨を上昇させ、全面の正中線で下降することを繰り返すことによって、氣の球を練り強化し、「玄胎」(陽神)を作る。それを頭頂より出し(出神)、体外で自由に活動できるようにし、最終的には、意識を「玄胎」(陽神)に移し、肉体を氣化し、白日昇天をしていく。
体は氣の体になる。これはチベットのボン教や仏教の「虹の身体」に通じる。
もう1つの「玄胎」の概念、技法は、グルジェフのものだが、氣を練るのではなく、自己想起によって意識を覚醒し、覚的主体(不変の私)を結晶化するものだ。
これは意識の結晶化であり、非二元意識の結晶化だ。
この世の意識から半分脱出する。世間的に生きながら、半分は非二元の意識で生きてゐる。
グルジェフは、磁気化した不変の私がアストラル体を形成するといふ。
(アストラル体は最初からあるのではなく、作られていくものといふ)
「陽神」の「神」とは、仙道の概念では「意識」を指してゐる。神経の「神」だ。
「陽の意識」とは、「眠った意識(陰の意識=日常の思ひ浸った意識)」ではなく、「覚醒した意識」といふことができるのではないか。
とするなら、仙道の「玄胎」(陽神)といふ概念、技法は、グルジェフと同じものを指してゐるのかもしれない。
「覚醒の道」なのだ。
(グルジェフは氣を練らないが)
ゾクチェンも「覚醒の道」だが、その覚醒を通して結果として「虹の身体」(白日昇天)を作ってゆく。