江戸時代?

なにかテレビを見ていて「江戸時代」といふ言葉が氣になった。
(今まで氣にしていなかったが)

江戸時代とは何か? 江戸といふ都市の時代?
江戸だけでなく日本中がある様式で生きていた時代だと思ふ。
それを江戸時代といふのは變。地方の視点がない。
徳川時代、徳川幕府時代と言ったほうがいいのではないか。
江戸時代といふのは江戸に幕府(政府)があったから?
室町時代も京都の室町に幕府があったから?
では、今は東京時代か? 東京に政府があるから。
明治時代、大正時代、昭和の世とかいふが、今は何時代?
時代区分とは何か?
体制の区分?
今は大きく見て近代か。
民主主義的体制か(まだ民本主義? 天皇をかついでゐるので君主制)。
(その辺をあやふやにしてゐる欺瞞の国、日本)

何か、文化として見えない時代。
何か、時代をつかめてゐない時代。

生き方の基準が見えてゐない。

スピ的な要素が入ったら時代は變はるのか?

文化も變はるのか?

文化が變はるのか、といふよりこの文化なき世に文化を作っていけるのか?

あるひは、文化の継續性とは?

 

けふの1曲、Yann Tiersen – Good Bye Lenin!

神は人を助けない

「神よ、お助けください!」
「神様、ありがとうございます」

いくらそんなことを(心の中で)言っても、神?は助けない。
神?は、宇宙の摂理を司るものであり、恣意的なことはしないのではないか。
もし恣意的なことをするならば宇宙の摂理は成り立たない。

138億光年の中のこんな小さな断片の願ひを叶えるために恣意が働くだらうか。

助けを求めたいといふのは、心が不安だからだ。
安心、安らぎを求めてゐるのだ。
外的状況の不安定さ、厳しさ。心の中における安らぎのなさ。

しかし、神は安らぎをもたらさない。

では、天使や守護霊は助けてくれるのか、安らぎをもららしてくれるのか。
(日本の神様は、大昔の先祖霊で人霊。そのような進化した人霊であれば
多少気象に影響を与えたり、人と人をつないだりはできるかもしれない。
龍みたいな自然霊と動物霊との中間みたいな存在も人の意を受けて気象には影響を
与えるのだらう)

外的サポートはあるかもしれないが、心に関してはその人自体の問題だ。
外部でだうすることもできない。

その人の内部で心が安らぐか否か。

不安感はだうしたら消えるのか。
安らぎはだうしららもたらされるのか。

悟ったら安らぐのか。

安心立命、、、いったいそれはなんなのか。

安らぎのないまま死んでいくのか。

やるだけやって(やれるだけやって)、不安のままのたれ死にか。
不安とともに死す。

自己が抜け落ちたら、不安も抜け落ちるのか。
不安だけが残るのか。

不安とは未知なるものに対すること。

 

けふの1曲、われらがÓlafur Arnalds の Happiness Does Not Waitちょっと山水さんの「私は龍になる」の曲に似てゐる(笑)

転調がいい。
(転調のことをよく理解はしていないが、苦)

風なのか。舞い上がり、舞い降りる。

コロナウイルスは分離と怖れをもたらした?

スピリチュアルの間では、分離から統合へと言はれてきてゐるが、コロナウイルスは人の距離を遠ざけ分離させ、ウイルスに対する恐怖心をもつ人が増えた。

怖れから愛へといふスピリチュアルの方向性にも反した事態?になってゐる。
これは感情の問題なので、冷静に対処すれば別に怖れる必要はないと思ふが、なぜ怖れるのだらう? 不思議。

分離から統合へ、怖れから愛へ といふ流れに反したい勢力にとっては今回はかっこうのものになった(笑)。多くの人はひっかかってしまったのかな。

コロナウイルス下で、統合や愛は説きにくい。世間の白い目や政府の方針や要請のもとでは。

かういふ状況下で人々の真価なり本性が見えてくるのだらうな。

がんばりすぎ・・・

同世代で早く逝ってしまった人が何人かゐる。

みんながんばり過ぎたのかな。

おのずとがんばらざるをえなかったのか。

自分もあまりがんばらずにいよう(笑)。

つひ、カリカリ状態になる。

早逝していった人たちは才能のある人たちだったな。

自分には才能がないからいいか(笑)。

138億光年

138億光年の宇宙の中で、神に「どうぞお救ひください」と祈ったり、引き寄せの法則で願望を実現させようとしたり、ああだかうだとあったり、すべて些細なことに感じる。

138億光年の宇宙の中で、煩雑な仕事に追はれ、日常の会話に付き合ひに対応する。 

138億光年の宇宙の中で、人の思ひや苦悩といふのは何なのだらう。

138億光年の宇宙は、物理法則で人の感情とは関係なく運行してゐる。

すべては夢として消えてゆく。

人の人生も、138億光年の宇宙の中では瑣末な出来事。

蚊のやうなもの。

人がゐなくなっても宇宙は運行していくのかもしれない、おそらく。
人にとっては何の意味もなくても。

非二元の意識で138億光年の宇宙を超えてゐても・・・

 

けふの1曲、ヘンデルのパッサカリア

緊急事態宣言解除はお祝ひ?

緊急事態宣言が解除されたのでお祝ひにスタッフに飲み会を誘ったが、ほとんどのスタッフは応じてくれなかった(苦)。

長い苦難の末、明けたのにめでたくないのかな?

スタッフはまだ心配だといふ。

スタッフはあまり苦難と感じてゐないのかな。
経営者ではないから。

意識の乖離。

居酒屋さんにもお金を回せたら。

 

けふの1曲。前にも紹介したかもしれないが、袴田美穂演奏のKreisler : Prelude and Allegro

スピリチュアルの潮流、本流

コロナが流行って良かったことは、自然がよくなってきたこと、神域聖域が清まったこと。
人が活動しないことに比例して自然がよくなる(苦)。
人間は自然に対して害にしかならないのか。

それはさておき、
スピリチュアルがこれだけ広まって、多様化して、潮流は多岐に枝分かれてしてゐる様相だ。

スピリチュアルの出版に携わってきて、ある種の流れをつかみ、その本流となるものを出すようにしてきたつもりだが、これからの流れはだうなのか。

多岐にわたってゐるので本流といふのはもはやないのかもしれないが、大筋の向かう流れみたいなものはあるやうにも思ふ。

基本は、ノンデュアリティ、意識の覚醒の方向で、そこに松果体を中心とする脳科学や変性意識との関係性の解明、チベット仏教ボン教の虹の身体といふ意識の覚醒と物質の変性(アセンション)の関係性、他の星系のヒューマノイドとの交流、この辺をおさえていく必要があるのかなと思ふ。

あと、ハートの問題。
縦軸(エソテリック)の確立と交流も。

ライトスピやビジネススピは、他の方々に任せる(笑)。

 

けふの1曲、コロナのせいで、それぞれのテレ演奏が一つのオーケストラになるのが流行ってゐるのかな。
Elgar’s “Nimrod”

「うれしい、楽しい」アファーメーション(笑)

「うれしい、楽しい」アファーメーションをすると、うれしいことが起るのか(笑)。

普段、艱難苦難、そして忙殺の連続で、うれしいことなどあんまりないが、
けふは、版権関係でうれしいことがあった。

「うれしい、楽しい」アファーメーションのおかげなのか(笑)。

 

それとは関係ないが、けふの音楽、

Yann Tiersen – Comptine d’un autre été (ピアノ・ヴァージョン)
ヴァイオリン・ヴァージョンはこちら

何も楽しいことがない(笑)

疲れきってゐるせいか、いそがしすぎるのか、仕事に対する関心が変はったのか、何も楽しいことも面白いこともない。

ウツといふわけでもないと思ふけれど、コロナで飲みにも行けないし(笑)、日帰り温泉にも行けないし、気晴らしもできない。

人とスピリチュアルを語り合うこともできてゐない。

人相も悪くなってきたかな(笑)。
太ってきたし。

「楽しい。うれしい」とアファーメーションでもいい続けようかな。

真の喜びは、至福は、二元を超えた包越者を感じたときに、感じてゐるときに生じるもの。
常の包越者を念じ続けたい。

 

けふの1曲、タレガの「ラグリマ」