スピリチュアルと非二元

溝口あゆかさんとお話をしていて、イギリスではスピリチュアルと非二元(覚醒・悟り)は明確に分かれてゐると言はれてゐた。
それに反して日本では、非二元の人もスピリチュアルを交えて話してゐる人が多いと。

確かにさうだ。
スピリチュアルは霊的な世界のいろいろな階層について言ふが、それらは現象界のもので相対的な世界のものだ。非二元は相対世界を超えたところを指してゐるので、スピリチュアルとは異なる。

日本でも、その辺のことが明確になればいいのにと思ふ。

スピリチュアルの人は非二元(覚醒・悟り)のことは理解できてゐない。残念ながら。

4 thoughts on “スピリチュアルと非二元”

  1. 非二元と言うのは本当は、猫とかつばめとか動物全般とか、痴呆になった私の祖母とか、あるいは‘もの’とかそんな全部が非二元なんじゃないんですか?
    人間だけが非二元から外れたというか(あるいみすごい才能)。
    昔、ちょっと有名になった雲谷斎も最近のジルボルトテイラーも左脳が壊れて非二元に目覚めたようだし(テイラーさんは後に左脳が回復するも右脳を主体に出来るようになったらしい。ホールブレインという著書は感銘を受けました、でもよくわからない、過去の私の父親からの虐待が邪魔して(笑)体得しがたいです)。
    スピリチュアルとは人格を磨いて道を深めてゆく道なのか?
    非二元とは、左脳の一部が機能しなくなるか瞑想などで機能を制御することでやってゆくことなのか。

    1. > 非二元と言うのは本当は、猫とかつばめとか動物全般とか、痴呆になった私の祖母とか、
      > あるいは‘もの’とかそんな全部が非二元なんじゃないんですか?

      そういふふうにとらへる人もゐると思ひますが、さういふ客観的な現象ではなく、主客を超えた意識を指してゐます。

      「右脳が非二元意識」といふのは、脳といふ物質的な臓器に関連づけてゐるので違ふのではないかと溝口あゆかさんは言っていました。
      物質を超えたところにあるので、脳とは関係ないのかもしれません。
      意識と脳の関連が自分としてはまだ不明ですが。

      > スピリチュアルとは人格を磨いて道を深めてゆく道なのか?

      さうでせうね。
      非二元(覚醒・悟り)は、人格を磨かないです。非道徳的で何ものにも縛られないです。

      > 非二元とは、左脳の一部が機能しなくなるか瞑想などで機能を制御することでやってゆくことなのか。

      非二元は、自己認識(自己想起)=主客の同時認識によってしか起こらないです。

      1. 頂いた言葉を腹の中で暖めてみたいと思います。
        ありがとうございましたm(_ _)m

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