梨岡さんは、人が死んでから神になることはない、と言ってゐた。
神道では、「神ながら」を説いたりしてゐるが、神にならないのであれば、「神ながら」といふのは人には当てはまらない。
「神ながら」ならぬ、「人ながら」なのかな。
人として生きる道なのか。神道ならぬ人道。
人としての道といふのもなんなのか。
今の人は、人の道を外してゐるやうに見える。
自然を破壊しまくってゐる。
妄想の世界の住人になってゐる。
人は覚醒したとき(自他の同時認識をしたとき)、この世界を超越し、超越者(神)の意識に達する。
覚醒意識(神の意識?)で生きるとき、ある意味では「神ながら」になるのか。
神の意識で生きてゐても、それは、神々ではなく人としての生き方ではある。