陽神と覚的主体

仙道の陽神は、禅の覚的主体(無位の眞人)と同じなのか。
仙道では、丹田に氣を集めて丹を作り、それを小周天で練丹し、丹を活性化する(練精化氣)。
さらに丹を意識(仙道では意識を神といふ)と合体させ、陽神を作る(練氣化神)。
陽まで至らないものは陰神といふ。陰神のまま体外離脱することを「陰神を抜く」と言って、
本物の体外離脱としない。
陽神を体外離脱させながら、陽神を自由な状態にする(練神環虚)。
そして、陽神は道(タオ)と合一する(環虚合道)。

覚醒においても似たやうなプロセスをたどるのかな。
大燈国師(宗峰妙超)は、悟った後、20年間、京都の橋の下で乞食の生活をして覚的主体を温養した。
これは陽神(覚的主体)を20年間育成し、確立させ、練神環虚や環虚合道したのに近いかもしれない。

悟後の修行はあるとかないとか言はれるが、陽神(覚的主体)を確立させるためにはあるのかもしれない。
または、一瞥(小悟)後、大悟(覚的主体の確立)までの間を温養といふのかもしれない。
大悟によって、環虚合道がなされるのかもしれない。

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