神は人を助けない

「神よ、お助けください!」
「神様、ありがとうございます」

いくらそんなことを(心の中で)言っても、神?は助けない。
神?は、宇宙の摂理を司るものであり、恣意的なことはしないのではないか。
もし恣意的なことをするならば宇宙の摂理は成り立たない。

138億光年の中のこんな小さな断片の願ひを叶えるために恣意が働くだらうか。

助けを求めたいといふのは、心が不安だからだ。
安心、安らぎを求めてゐるのだ。
外的状況の不安定さ、厳しさ。心の中における安らぎのなさ。

しかし、神は安らぎをもたらさない。

では、天使や守護霊は助けてくれるのか、安らぎをもららしてくれるのか。
(日本の神様は、大昔の先祖霊で人霊。そのような進化した人霊であれば
多少気象に影響を与えたり、人と人をつないだりはできるかもしれない。
龍みたいな自然霊と動物霊との中間みたいな存在も人の意を受けて気象には影響を
与えるのだらう)

外的サポートはあるかもしれないが、心に関してはその人自体の問題だ。
外部でだうすることもできない。

その人の内部で心が安らぐか否か。

不安感はだうしたら消えるのか。
安らぎはだうしららもたらされるのか。

悟ったら安らぐのか。

安心立命、、、いったいそれはなんなのか。

安らぎのないまま死んでいくのか。

やるだけやって(やれるだけやって)、不安のままのたれ死にか。
不安とともに死す。

自己が抜け落ちたら、不安も抜け落ちるのか。
不安だけが残るのか。

不安とは未知なるものに対すること。

 

けふの1曲、われらがÓlafur Arnalds の Happiness Does Not Waitちょっと山水さんの「私は龍になる」の曲に似てゐる(笑)

転調がいい。
(転調のことをよく理解はしていないが、苦)

風なのか。舞い上がり、舞い降りる。

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