グルジェフの曲

グルジェフの思想について書かれた『奇跡を求めて』(ウスペンスキー著)は、自分に最も影響を与えた本の1つだ。

エソテリックの神髄を語ってゐる。Kan.さんとも通じてゐる。

自己想起(自己知)は、ラマナ・マハルシにもクリシュナムルティにも通じ、グルジェフの思想は非二元とエソテリックが融合してゐる。

グルジェフは、客観芸術についても説いてゐた。
そして、グルジェフ自身、作曲もした。

グルジェフの曲を

何をどこまで

何をどこまですればいいのだらう?

覚醒(悟り、ノンデュアリティ)を限りなく追求すればいいのか、
エソテリックを追求すればいいのか、
スピリチュアルを人々に普及することをしていけばいいのか。

自己探求か、他者のためか。

菩薩行(大乗)は、みんなを救ってから最後に自分を救ふみたいなイメージがあったが、
自己=他者(包括者から見れば)であれば、みんなを救ふこと(みんなが救はれること)と
自己が救はれることは同じことなのだ。

すべてが一体として救はれる(救はれるとしたら)。

けふの1曲、
癒しの曲として、キース・ジャレットの「メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ウイー」をYoutubeであればと思ったけれど、本人のがなかったやうので他の人が弾いてゐるもので。(CDで本人のを聴いてほしい)
My Wild Irish Rose ~The Melody at Night, with You~

おまけで、キース・ジャレット自身の、
Danny Boy

When You Wish Upon a Star

キース・ジャレットは、グルジェフの曲もCDとして残してゐる。

須賀敦子のYoutube

ちょっとした時間に須賀敦子の本を読むようにしてゐるが、読むたびにその才能、センスに感服する。

なかなかそんな時間もとれず、原稿を読んだり、他の本も読んだりする。

今回は、須賀敦子さんのYoutubeを紹介。
一つめは、
ETV特集 須賀敦子 霧のイタリア追想~自由と孤独を生きた作家~ 2009.10.18

大学の先生を務めてゐたときは、結構きびしい面もあったやうだ。

次は、
須賀敦子 静かなる魂の旅──永久保存ボックス/
最初の冒頭の言葉は、それだけでとまらないで続いてゐる(『ユルスナールの靴』では)。
今井信子のヴィオラも美しさを添えてゐる。

須賀敦子とは関係ないが、けふの1曲
カッチーニ アヴェ・マリア 宮田大 木洩れ日

人は生きてゐる。

パッとしない

最近は、パッとするやうな本も出てゐないやうに見える(他社も含めて)。
弊社の最近の本も中身は面白いのだが、売れ行きからするとパッとしてゐない(笑)。
まう流行り物はなくなったのかな。

各自が真実を追究していけばいい。
さう思ふが、真実の追究なんてあまりされてゐないのかな。

パッとしないから気分もさがる(笑)。
(お盆休み疲れで精神的に下がってゐるのもあるが)

さういへば、今まで選挙で投票した人が当選したことがほとんどない(爆)。
政策を見て投票してゐるのだが、多くの人はその政策に賛同しないのかな。

自分の選ぶものなんて多くの人の賛同を得るものではないかもしれない。
本もさうだ。
マニアックな少数派向けのものばかり。
だからパッとしない(笑)。

意識の目覚め、覚醒も少数派か・・・

自分の判断力なんて外れっぱなしだし。

けふの1曲、ヴィオラの名手、プリムローズのLondonderry Air
これも再生回数が少ない。
(今まで紹介してきたものは再生回数が多かったのだが。CDで聴いて良かったのでYoutubeでも探してみた)

神様へのお願い or 使役

神様(人格をもった高次に進化した存在)にお願いするのは、神様を使う(使役する)ことになるのかな。

多くの場合、神様にお願い事をするとき、神様を褒め称へ、高めに高めて、自らを低くへりくだり、無力なものとし、神様の慈悲にお願ひするしかありません、と祭文を述べる形で行なはれる(物部のいざなぎ流など)。

こういふお願い事は、神様を使ふことになるのかな、それとも使ふことにならないのか。
これは神様の気持ち一つに掛かっているので、こちらの思ふやうにはならない。神様の思ひ次第だ。

これは会社や組織で上司にお願いするときにも通じる(笑)。

お稲荷さんは、お願いすると見返りを要求するといふ。
ほかの眷属の存在たちは、見返りを要求するのかな。
龍神は?
龍神もひたすら褒め称へ、伏してお願いする形か・・・

「祓へ給へ、清め給へ」といふのもお願い事か。
自分のために、自分が清くなるために神様にお願いしてゐる。

自分がなくなれば、清まる主体がいなくなる。願ふ必要がなくなる。

自己なき自己が神様(神棚や神社)に向かうとき、だうなるか?
自己と神様とが根底において一つであることを感じるだけ?
お願ひもないが、感謝ということもない。通じ合ひだけ? 通じ合ふといふの二元的な表現だが。

けふの1曲(NTR Podium: Lavinia Meijer speelt Philip Glass)

全然関係ないけれど、今、若い女の人たちに手持ちの扇風機が流行ってゐるやうだ。よく見かける。
ヒット商品(笑)。
タピオカの次はこれか。

無駄な出費、余計な出費

久しぶりの投稿(笑)

8月になって、無駄な出費、余計な出費がたて続いてゐる。6件は生じてゐる。
起ることはたて続けに起る。

6月はドタキャンがたて続けに4回起こった。

無駄な出費はヤバい。
そんなことが続くと経営に響いてくる。

頭がおかしくなってゐる。判断力がにぶってゐる。

引き締めないと。

スピリチュアルと占いとメタフィジックスとエソテリックと神秘(ミステリー)と

だいぶ前にスタピでスピリチュアルとニューエイジの違ひについて特集を組んだことがある。

先日お会いしたスピリチュアル・ティーチャーは、スピリチュアルの人とメタフィジックス(形而上学)の人は違ふと言ってゐた。

関連する分野で、スピリチュアル、メタフィジックス、占い、エソテリック、神秘主義(覚醒・非二元)がある。

それぞれ特徴がある。

占い系は、スピの次元上昇(アセンション)は相手にしない(笑)。
スピだけのお祭りみたいにとらへてゐる。
占いは、この世界を裏(背後)で動かしてゐる摂理を扱ふ。
一見、物理世界に見えて、実は別の原理が動いてゐる。

エソテリックは、もっと中心に入っていく。そして超えていく。

エソテリックは、神秘主義も包含するが、体系をもってゐる。
神秘主義(非二元)は体系をもってゐない。体験こそが重要だ。

一番軽いのがスピだ(大笑)。

今は軽すぎる時代。ライトエイジ(苦笑)。

ちょっと変わった映像と音楽
390万回の視聴といふのはすごい。

背後がない

大阪で米鴻賓先生の講座を受けてきた。

背の方向に支えるものがあるといいやうだ。
椅子も背もたれがあるといい。

講座の席が1テーブルに3人座れるところの真ん中に座り、背後のテーブルが数列、真ん中に座ってゐる人がゐなくて、背後の支えがない状態だった。
背後が重要というお話のときに、さういふ状態だったの米先生から「安定してゐない」状況だと指摘された。
図星である(苦)。

もうずっと安定してゐない(あぁ)。
鼻の形といい。

なんの後ろ盾もなく突き進んできた。
そのため、背後に支えるものがなかった。

でも、よくやってきたなと思ふ。

「背後が重要」という話を聞いた以上は、今後はさういふことも意識して経営していかなくてはならない。

鼻がでこぼこ

ズバズバ当てる、陰陽五行や金口訣の大家の米鴻賓先生の講座に参加したが、いろいろ面白い。

鼻の形で、人生中盤のことがわかるらしい。

自分の鼻はでこぼこしているようで、人生が安定してゐないと。順調に進まない。
確かに、その通り(笑)。
鼻にも出てゐるのだ。

酒の飲みすぎで鼻先が赤くはれ上がり、でこぼこになってしまったのかな(笑)。