背後がない

大阪で米鴻賓先生の講座を受けてきた。

背の方向に支えるものがあるといいやうだ。
椅子も背もたれがあるといい。

講座の席が1テーブルに3人座れるところの真ん中に座り、背後のテーブルが数列、真ん中に座ってゐる人がゐなくて、背後の支えがない状態だった。
背後が重要というお話のときに、さういふ状態だったの米先生から「安定してゐない」状況だと指摘された。
図星である(苦)。

もうずっと安定してゐない(あぁ)。
鼻の形といい。

なんの後ろ盾もなく突き進んできた。
そのため、背後に支えるものがなかった。

でも、よくやってきたなと思ふ。

「背後が重要」という話を聞いた以上は、今後はさういふことも意識して経営していかなくてはならない。

鼻がでこぼこ

ズバズバ当てる、陰陽五行や金口訣の大家の米鴻賓先生の講座に参加したが、いろいろ面白い。

鼻の形で、人生中盤のことがわかるらしい。

自分の鼻はでこぼこしているようで、人生が安定してゐないと。順調に進まない。
確かに、その通り(笑)。
鼻にも出てゐるのだ。

酒の飲みすぎで鼻先が赤くはれ上がり、でこぼこになってしまったのかな(笑)。

霊合星人?

自分は、細木数子の六星占術の霊合星人に当たる。
霊合星人といふのはスゴイ名前だが(笑)。
これは、四柱推命や算命学の空亡や天中殺の干支の支が生まれ年の干支の支になってゐる人を指す。

霊合星人は、運氣が入り乱れ、変人の星とか。

まさに、自分は運氣が安定しないし、性格も変だ。ひねくれてゐる。
当たってゐるといへば当たってゐる。

空亡(天中殺)から割り出す、性格占ひや十二年運のサイクル(十二ヶ月、十二日間のサイクル)は当たるのかもしれない。

動物占ひは、日の干支から出した性格占ひで、それも当たる。

四柱推命の十二運は運氣の流れとしては当たらないけれど(たぶん)、六星占術(0学占術)の十二運は当たる。
四柱推命の十二運は、動物占ひの各動物のことなので、性格占いとしては当たる。

四柱推命(算命学)から当たるものだけ取り出せば、結構当たる占ひができるかもしれない。
いいとこ取りで(笑)。

過去こそ真実

非二元系やスピでは、「今ここ」が大事、または、それしかない、といふ。
しかし、過去のみがリアルであり、真実ではないかと思ふ。
過去のみが生き生きとており、「みんな生きてゐた」といふことを感じる。
今は何もない。まして未来は。

ただ、寝てゐて、ふと過去の記憶がありありと甦ってきて、もうそこには戻れないのかと思ふと、むしょうにつなくなってしまふ。だうしやうもなくなってしまふ。
そこで、できるだけ過去の記憶に戻らないようにする。

文学体験といふのも、そこにあるのかもしれない。
音楽や絵画もか。

Ólafur Arnalds – Ljósið

生きたここちがしない。

しゅっちゅう故障する車に乗ってゐるせいか、運転するたびにいつ止まってしまふかドキドキして心臓が止まる思ひをする(いままで散々な思ひをしてきた)。
いろいろ人に迷惑をかけて生きてゐて心臓がとまる思ひもする。
呼吸もままならないときもある。
心臓は火の五行で、肺は金の五行。
酒の飲みすぎで、肝臓がやられてゐるかもしれない。木の五行。
土(脾臓と胃)と水(腎臓)の五行はどうなのか。
暴食で胃も荒れ、左腹(脾臓?)も違和感がある。
すべての五行がやられてゐる。
内臓がやられれゐるが、特に心にこたへることが多く心臓がやられてゐるのかな。
生きたここちがしない。

こんな地獄の様相のブログを書いてゐてもしょうがない。
書かないほうがいいのかもしれない(笑)。
前に人に進められて書くやうにと言はれたが。

4度目のドタキャン、そして

この2週間で4度、ドタキャンがあった(3度だと思っていたら、よく思い起こしたら4度だった。それぞれ相手の事情で)。
今日あったドタキャンで呆然として帰り、ラーメン屋によったら間違ったラーメンが出てきた(あとで謝られたが)。
ここまで運気が落ちてゐるのかな。

波動の変動期?

6月(今も?)は、波動がかなり変動してゐて、昨日や数日前のことがかなり前のやうに感じられる、波動や時空の変化を感じてゐる人が多いと、画家で弊社でも本を何冊か出させていただいてゐるChieさんが言はれてゐた。

自分は、6月は(も)障害が多くハードな日々だった。これも波動や時空の変化の影響なのだらうか?(笑)
体調を崩された方も多いやうにも感じる。

何か波動か時空かが変はってゐるのかな?
自分は鈍感でわからない。
梅雨だったり、夏至だったり、太陽風だったり、異常気象だったり、中国の公害だったりもあるのか・・・

よくわからない。

7月に入って落ち着いたのか、まだ続いてゐるのかも不明。

どっちみち、翻弄されっぱなしか(笑)。

今日(7月2日)は半夏生。一年の丁度中間。

けふの1曲はKetil Bjørnstad & David Darling から

非二元の人は未熟か変な人が多い

非二元の人は未熟か変な人が多いやうに思ふ。
特に日本人は。
なかにはさうでない人もゐるけれど。
何人かお会いしたりメールのやりとり(海外の人含む)をしてゐても、大概、物事が進まない(苦)。

物事が進んだ場合でも、お話会等のイベントでは人が集まりにくいし、本もそんなに売れない(苦)。

そのやうなジレンマを持ちつつ、でも非二元(ノンデュアリティ)は広めていきたい(笑)。
まっとうな道として。或ひは真実の道として。

非二元以外のスピの人も変な人が多いし、スピでない人も変な人が多いが(笑)。
非二元以外のスピの人はエゴが強そうだし、スピでない人はなんなのかよくわからない。

修羅場だな。

愛の道としての非二元が一番問題ないやうな氣もするが。

運命をひらくことについて言っておきながら

この前も書いたが、ここ数日もやることなすこと障害にあたり、なかなか順調にいかない。
なぜだ?
わざとのやうに塞がる。生霊か(苦)飲み過ぎか(笑)。

思えば、この20年にしろ、その前からにしろ、そのほとんどが思ふやうにいかないことの連続だった。
よくそれで生きてこれたなと思ふ。

ユニクロの柳井さんも『一勝九敗』という本を書かれてゐたな。
ああいふ人でも負けが多かったのだな。それでもやってこられた。たいしたものだ。

袴田美穂さん演奏の「祈り – ラ・フォリア」Corelli作曲

運命がひらくとは・・・

運命をひらかうとして、運命がひらく人とひらかない人がゐるのかな。
運命がひらかない人は、ひらかうとしなかったのか、それとも、ひからうとしたけれどダメだったのか?
よくわからない。

自分も出版社をしようと思ったわけでもないのにすることになって、
いつの間にか22年が経った。
これを運命がひらいたといふのか。なんといふのか。

ただ、意図は持った。
会社を作ったら理念を持つのがいい、とよく経営書に書かれてゐて、それにならった形だ。
それが「人々の意識の目覚め(覚醒)に役立つ情報を提供し、より調和した社会になること」だった。
今も基本は変はってゐないけれど、後半に関してはペンディングだ。
人々の意識の目覚め(覚醒)は重要だが、社会については結果論だ。
意識が目覚めた結果として、社会はよくなるのだと思ふ。

この22年で、どれだけ人々の意識の目覚めに貢献できたのか・・・
自分自身が葛藤も多く、対人関係でもダメダメではあったが・・・、最低レベルの人間ではあるが。
なんでこんな人間が22年も続けてこれたのかは不思議。

自分自身の貢献はわからないけれど、多くの人々の貢献で意識は目覚めてきてゐると思ふ。

けふの1曲